AB型ですけど なにか?

        AB型ですけど なにか?
過去記事シリーズ化10 改訂版です

 血液型の話が出ると「やっぱりね」とだいたいAB型と言い当てられます。

 ここで自分が何故言い当てられるのだろうと思うって事は、血液型の定説と言われるものが自分には当てはまっていないと考えているからだと思います。

 自分にはと言う表現は、もし他のAB型の人で当てはならない方が居たら申し訳ないと思うからです。

 人からAB型じゃないのと言われる時は、だいたい笑顔で言われる事から多分、AB型を『認めている』か『仕方がない』のどちらかで認識しているようです。

 自分でも何度かAB型について検証した事があるが、概ね性格としては一致していると思うのですが、他の血液型の人も同じようなものでしょ?って感じている所は否定できないでいるんです。

 自分が思うところですが、個性の一部として各性格のパーツが突出している部分を血液型で分類したところ、そうなった結果であると思う事から、大小の違いこそあれ皆同じような物であると推察している訳です。

 多くの人は、その大小の大の所を突出する部分を性格の特徴として挙げていると思うのですが、そこに幅やブレがあるのは当然の事なので、そこがいまいち理解できていないというか、認められない自分が居ると訳です。

 ちなみにですが、AB型に一番合う血液型は、AB型であると、どこかに書いてありました。

 それは互いに傷ついた血を舐めあうのではなく、よく理解しあっているので互いにベストな距離をとり、保ちあえるからだと言います。
 そうなるとAB型同士でカップルを組めば良いと思うのですが、AB型の人はとても消極的であって、中々気になる異性に声をかける事が出来ないため、絶対数の少ないAB型同士の巡り合う確率は極めて低く設定されている事になるのである。

 つまりこの場でAB型の人に向かって私で良ければメールくださいと、勇気を出して行動を起こしても、AB型の女性は消極的なのでメールは出せない結末となる確率が高くなる訳なのです。

 おまけにAB型は、興味を持つとテンションが異常に上がるが、興味がない場合には何事も無かったように振る舞う習性のため、その確率はもっと下がる事になる。

 実に悲しい血液型であると思わざるえないのである。これだけで悲しい運命の小説が書けそうである。

 さて、そんなAB型の自分が天気も良く散歩日和だったある日、余りいく事がない四稜郭へ行ってみる事にした。

 何故ってその日は祭日だったので、人込みを避けて写真でも撮るかと思ったからです。

 しかし、いつもの平日は余り車も止まっていない駐車場には、普段より多い車が止まっており、ツーリング中と思われるバイクのお兄さんまでいたのだ。

 連休間近だったので観光の方が来ていたと思われるが、せっかく来たのでさり気なく車を降りて中へと向かう事にした。

 多分、桜だと思う花が咲いていたのでインスタ用に撮る事にしたが、AB型なので他の血液型からみて良いショットなのかは分からないのが言い訳となっていますw。

 AB型のみなさん、まずは勇気をだしてメールから始めてみませんか?