国道

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 久し振りに5号線を北へ向かう事にした。以前は月1回くらいのペースで通っていた道だが、新しくできた施設もあれば慣れ親しんだコンビニが3件ほど閉店していた事で時の流れの純粋な残酷さの一部を感じる事ができる。

 自分の何気なく定めている善悪の基準ではなく、自然の動物たちのテリトリー争いや食物連鎖と似ている競争の結果であると思う。

 人の場合は思惑通りにいかなかったり、思わぬ事態に出会う事を理由に挙げる事が多いが、自然界に置き換えると当たり前の時の流れの中のほんの一つの出来事である。

 という事で、お茶を買おうと決めていたコンビニが無くなっていたためもう一つ先の店へ向かうしかない現実を受け止めてのどが渇いたと愚痴をこぼしながら煙草に火をつけ、右手にある旧道へ進路を変え町中のコンビニを目指す。

 途中、よく釣りをした築港を眺め釣り道具の整理が未だであった事を思い出し時間があるのに何故出来ないかを考えてみると、ただ面倒くさいのだと思わざるえない結論となったのは言うまでもない事だった。

 お茶を仕入れ目的地を巡り、インスタ用にと写真を撮っていると私の住む地域より北であるせいか未だ桜が咲いており少しずつ花びらを散らしていた。

 その他にも自分の知らない植物やこの地で有名なスポットである雄大な景色を収める事に成功したので場所を砂浜へと移動する事にしたが、海の近くには住居や個人の敷地が立ちはだかり中々海辺にはたどり着けなかった。

 しかし何気なく下りた港の脇から浜辺へと続く道を発見し進むと、大潮によって現れた広大な砂浜へとたどり着く事が出来た。

 流れてきた海藻がある位でゴミなどは見えず、撮影現場としては優秀な場所と思われるが、撮影者の感性が邪魔をして駄作の完成が予期できるのは自分だけであろう。
 ともあれ波打ち際にて自分に向かってくる波や、大潮の影響で砂州で繋がった堤防等を撮り自分が満足できたので良しとする事になる。

 この後、インスタを始めた自分にとって又やらかしてしまった事がある。それは晩御飯の最中、運ばれた料理を半分以上消費した時に思い出す「あっ撮るの忘れてた」であった。

 前回も外食した際に同じ失敗をして今度こそ食べる前に撮ってやるが、あっけなく散っていく瞬間であり、今度こそはと思いを新たに誓う儀式に近い出来事であった。

 新しい宗教ができ、教祖様に祭り上げられる日が訪れるかもしれないw