自分が嫌になる時ってある?(一人暮らし快適化計画)

        自分が嫌になる時ってある?(一人暮らし快適化計画)
 おやじは恋を出来るのかといったような記事を読んで思った。 そしてその中に美しくカッコいいおやじだったら素晴らしい恋も出来るであろうとあった。

 おやじは自分の事が嫌になった。

 終わり。


 いや、終わらないぞ、検証してみようじゃないか、俺の偏見の眼差しでw

 まず何が書かれていたかと言えば、ごもっともな事ばかりでグーのネも出ない正論であった。

 ダサくて、しょっぼいオヤジは惨めなのでカッコ良いオヤジでなければならないとある。

 カッコ良いオヤジとはなにかというと、教養・経験があって柔軟な思考をもってる、経済力があり自分への投資をする、マブイボディとファッション性があり、カッコいい車があればなお良し、との内容であった。
 これで20代に負けない恋ができるそうだが、こんなおやじは数えるほどしかいないだろという位の無理ゲー要素であるが正しい答えだと思う。

 だが自分の求めている答えはこれではない、ごく普通の腹のぽっちゃりしたおやじが恋をするのである。

 クールな若い女の子をナンパするのではなく、ごく普通のおじさんとおばさんの恋である。

 でも、良い事も書いてある、見識を広げるのに本を読み、思考を柔軟にし、自分の解釈や意見を主張するだけの頑固ジジイはダメですよと。

 海のような包容力があって、最低限、腹が出ないように努力し、着る物に気を使うこと等、金持ちでなくても出来るような事である。

 そうなんだよなぁ、40代にもなってくると、だんだんと体のあちこちが緩くなってしまい、なんて言うのか全体的に、だら~んと重力に逆らわず素直に従ってしまうんだよな~。

 毎日が同じような事の繰り返しで、なんかいい事ないかなぁ等とつぶやいてしまうのである。

 スクワットと腹筋をしても摂取カロリーに追いつかれてしまい、特に変化の無い引き締まらないおやじボディー。

 ん、待てよ、今に始まった訳ではないがヨガとかRIZAPとか結構、自分のボディーを気にする方々が多いよな。

 それってもしかして、密かに恋の成就を願っているんではないのか?

 まあ、稀にポヨンとしたお腹が好きだとの記事を見かける事があるが、実際は人間は見た目ではなく中身が大事と言うような、オブラートで包まれたやさしい言葉だと思うし。

 そうか、自分はきっとカッコいいおやじになりたいけど、なれない自分が嫌だったのか。
 そう思う事にするか、まあ今のところだがな。

 そうである、俺はあきらめの悪いおやじなのだ、もう少しカッコ良くなってやろうじゃないか。

 海までは無理かもしれないが小さな湖位の包容力はある筈だ、あとは一つにまとまっているお腹を6つに分ければ良いのである。

 とりあえずの目標はそれだな?

 今までと何も変わって無い気がするけど (/ω\)