やじさん旅立つ 2

 やじさんはまぶしく光る中で、どうやら一定方向へ少しづつではあるが移動している事を感じていた。
 光の中では熱いと云う事等も無く、特にダメージの問題がなかった為、一応戻ろうとは思ったのだが突然吸い込まれた事もあり自分ではもうどうにもする事も出来ないと、その流れに身を任せるしかなかった。

 時間にして30秒程経っただろうか、どんぶらこどんぶらこ、とゆったりとした光の流れが急激に速くなったような感覚に変り、突然現れた映像の中へ飛び込んだと思った瞬間、やじさんはどこかの部屋の椅子に座っている事に気がついた。

「おっと」

 急に座ったせいなのか僅かにバランスを崩したやじさんは椅子の手すりを掴む事になった。

「あれ? 掴めるし、ちゃんと手がある」

『そう云えば、モニターに触れようとした時… 』

 やじさんは指をモニターに近づけた時に、何かが連続的に指先の方へ集中し徐々に自分の中へと取り込まれていき、その部分から順にモニターの中へとものすごい勢いで吸い込まれていく感触を憶えていた。

『そうか、精神的な俺がここへ吸い込まれるのを感知した体が慌てて追いかけて来たって訳か、夢でも何でもいいが、そうじゃないと説明がつかないしな… 』

「でもなんか、体が小さくなった感じがするな」

 ここへ来て、二度目の声を出したその時、どこからかドアの閉まる音がした。 『やばい』

 慌てたやじさんは此処が何処なのかを考えつつ、そして誰かがこちらに向かって近づいて来る足音に集中し、明らかにビビっている表情をそちらの方へ向けて、どのように説明したら泥棒の類ではない事を分かってもらえるか等のいろんな思いを胸に、ありったけの笑顔をつくり審判の時を待った。

 ビビった笑顔ほど、知らない人から見たら怪しいと思われるのだが、この際だ必死さが伝われば良しとしよう。
 コツコツと足音を響かせ、ドアの方から近づいて来たのは、紺鉄色に光るショートソードを右手に持った若い女性であった。
 その姿を見たやじさんは、敵意なんて全然ありませんよと両手を素早く上げ声をかけようとしたが。

「あっ やじさんですよね? チョット変わったようには見えるけど…」

   思わぬ展開に驚くやじさんは、その娘の顔を覗き込むように見つめていた。

「私です メイド1号です」

「んっ……… お~ お前か ほんとにお前か? なんかすごい人間ぽいけど」

「そうなんですよ 少し前にAIが停止してしまって、すぐに再起動したら映像じゃなくて実体化してたんです。 未だ動き方に慣れていないのですが、剣を持つ事が出来たので大丈夫だと思います。」

 メイド1号とは、やじさんが数か月前までやっていた、バーチャルオンラインゲーム:The Brave of dusk で最初の登録時に選択できるNPC (ノンプレイヤーキャラクター )ではあるが、パーティーメンバーとして一緒に行動し、戦闘も出来る存在であった。

 このゲームをプレイする者は、最初にメインキャラである自分の全身スキャンデータをゲームサーバーへ登録し、3D化後にステータス配分をする。
 その後に、このゲームの特徴である、一緒に行動してくれるサブキャラを自分好みに設定する事が出来ると云うのが人気の要因となっていた。

 その時のやじさんはサブキャラの容姿作りやステータス配分には丹念に時間をかけ、これ以上は無いという“やじさん好み”の結果となったのたが、Name設定の段階で面倒くさくなってしまい早くゲームをやりたい一心で、まあ従属するサブキャラだからひとまず良いよねと、安易な気持ちでメイド1号と名付けてしまったのだ。

 名前も立派なキャラの一部であると云う事に気付き、不憫で申し訳ないと後日反省したのだったが、設定の変更は出来ない仕様だった事を知り、そのまま止めるまで続けるしかなかったのである。

「俺もほんの少し前にここへ来たばかりなんだけど」

と、経緯をメイド1号に説明したやじさんだったが、ふと疑問に思う点を聞いてみた。

「俺 このゲームのアカウントは解約してたし、このサーバーってこの前のバージョンアップの時に、統合するからって皆違うサーバーへ移ったんじゃなかったっけ?」

「うん キャラクター移動は無事に済んで今はもうNPCしかいない筈です。このサーバーは一応テスト用にとって置くという事でそのままにしてるみたいなんですけど」

「じゃあ 他のNPCもいるんだ?」

「それがサーチしてみたんですけど、私みたいなサブキャラはメインキャラがINしないと無理みたいですね。
 他のNPCはこれまでと同じような動きを今のところしていますが、私と同じように実体化しているようなので、行動が決められていた彼らのこの先の行動は予想できません。」

 さすが個々にAIを搭載しているだけあってメインサーバーの情報は取り出すことが出来るみたいで優秀である。やじさんはその事に関しては納得したが、どうしても説明できない事があった。

『 誰かが仕込んだのか? いや ずっと自分の考えで行動して今日の出来事になった。他人がどうこう出来る問題じゃない。  じゃあなんでここに来た? 何のために?  分からない。    ただ、暫くはこのままの状況が続く事は間違いないな。』

 やじさんはこれまでの情報からすぐには戻れないという事、今のところ誰かの所為で起こった事とは考えにくいが100%は否定できない事、誰かの所為でなければ、違う原因がある可能性だが、思い当たるのは肉体を抜けだして遊んでいた事だが、なんでこうなるのよと云う事。
 そしてこの場に居座っていても、ここに来てしまった理由が分からないままであろう事を理解した。

「ねえ メイド1号さん」

「はい 改まってなんですか?」

「何故は分からないけど、きっとここに来た原因と理由があると思うんだ。
 それで色々調べて回ろうと思うんだけど、良かったら一緒に行ってくれないかなぁ なんて思ってるんだけど?」

「もちろん一緒に行きますよ 元々PTメンバーじゃないですか  やじさん。  すぐサーチして すぐに見つけたんだから…」

 やじさんのが設定し作ったキャラとは思えない、実にいい娘に育ったものである。今日3D映像キャラから実体化したので、厳密にはキャラとは呼べなくなったのかもしれない。

 やじさんもそう思ったのかもしれない。

「それとあれなんだけど、あの、ずっと思ってたんだけど、あの、今日から名前変えてみないか? 俺 適当に名前つけちゃってて… ごめん。
 きっとゲーム仕様も、実体化で無効になってると思うし、あっ多分だけど  もし変えられるならお願いできないかな?」

「わかりました確認してみますね。
   そうですね仕様自体は変更されていないみたいですが、実体化によって私への影響は無くなってしまったようなので 大丈夫です。」

「よかった  それで名前なんだけどさ」

「その言い方だとすでに決まっているみたいですね。 早く教えて下さい。」

「ゆあ 夕日の夕と あんず 漢字の杏で 夕杏 って思ってたんだけど  その かなり前からなんだけど」

「わかりました 夕杏(ゆあ)ですね 気に入りましたよ ありがとうございます」

「よかった 実は、気に入られなかったらどうしようもなかった」

「私からも一つお願いしていいですか?」

「うん なに?」

「これからは勝手に 私を 一人にしないで下さいね。」

「うん わかった 約束するよ」

「やぶったら この剣が何かの拍子で刺さってしまうかも知れないですよ 〆」

紺鉄色の剣をブラブラ揺らす夕杏に対してやじさんは、素早く大きな声で答えるのであった。

「ハイっ 」

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